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上甲晃塾長

夢甲斐塾の塾長である上甲晃夢甲斐塾塾長の紹介をします。
上甲晃夢甲斐塾塾長 上甲 晃(じょうこう あきら)

上甲塾長


志ネットワーク代表
上甲晃塾長

上甲晃塾長の経歴昭和16年大阪市に生まれる
昭和40年京都大学卒業後、松下電器産業株式会社に入社
※広報、電子レンジ販売などを担当
昭和56年財団法人松下政経塾に出向
※理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任
平成8年4月松下電器産業株式会社を退職
平成8年5月(有)志ネットワーク社を設立
平成9年4月「青年塾」を創設
平成13年9月山梨県が主催する「21世紀夢甲斐塾」塾長に就任
著書『志のみ持参』『続・志のみ持参』『志高く生きる』
『日々発見日々感動』(以上 致知出版社)
『心の革命』共著(第二海援隊)『志は愛』(燦葉出版社)
21世紀に向けて、「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開している。
また、活動の一環として、「青年塾」を創設、塾生は一年間の研鑚を積む。
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8/5朝日新聞に掲載の上甲先生の記事です

「政局よりも幸之助の志を」

上甲先生・新聞記事


8期:中川

tag : 上甲塾長

『夢甲斐塾』塾生諸君への手紙

『夢甲斐塾』塾生諸君への手紙

                                               平成21年9月20日

       “貧乏人の銀行”の経営者から学ぶ

          自己利益追求が、本当の企業経営だろうか?

 七月の入塾式から、二ヶ月が経過しました。この二ヶ月が大変に長く感じられるほど、諸君に会いたい気持ちが高まっています。間もなく、九月の例会です。久しぶりに諸君に会えることを、大変楽しみにしています。ぜひとも、例会で、全員の諸君に会いたいと願っています。仕事の関係などで、参加がままならない人もいるでしょう。例会の終わり際でも構いませんから、顔を見せてください。待っています。
 さて、私は、八月の末に、バングラデシュに行きました。既に、過去十回訪問したバングラデシュですが、今回は特別な目的がありました。それは、一昨年にノーベル平和賞を受賞した、グラミン銀行の総裁であるムハマド・ユヌスさんに会えるからです。しかも、私のために、三日間連続して、一時間づつインタビューする時間を取ってもらえることになり、私の人生にとっても、得がたい機会となりました。

  “願えば叶う”、“思えば成る”

“願えば叶う”、“思えば成る”を持論としている私は、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサさん、ダライ・ラマさんにも会ったことがあります。会いたい、会いたいと強く願うと、いつかは会えるものです。今回は、一年前から根回しして、ついにユヌスさんとの会見も実現したのです。過去に三回、私は、ユヌスさんに会っています。おかげで、「お久しぶり」と親しみを持った挨拶から、会見を始めることができました。
 ユヌスさんのことは、例会で、詳しくお話します。
 ユヌスさんのことを、手身近に紹介するならば、「貧しい人達の経済的な自立を図るために、マイクロクレジット(小額融資)によって、今や八百万人の貧しい人達に融資している貧乏人のための銀行経営者」です。もともと、チッタゴン大学の経済学部長であったユヌスさんが、「いかなる高度な経済学の知識を持ってしても、貧しい人一人救えない」と、大学を出て、貧しい人達の中に入り込み、ついには自ら銀行を作ったのです。私にとっては、すばらしい“志の人”でした。
 世界中の銀行は、自行の利益を第一に考えています。だから、どんなことをする時でも、まず、「それをすれば、自分達はいくらの利益が得られるか」がすべての基準です。企業を経営する根本の動機が、まったく違うのです。それを、ユヌスさんは、英語で実にうまく表現してくれました。まず、“セルフィッシュ”、辞書によれば、「利己的な」、「自分本位の」、「わがままな」とあります。そして、もう一つ、ユヌスさんは、「セルフレス」という言葉を使います。「無私の」、「無欲の」と、辞書には記されています。
 世界中の企業は、基本的に“セルフィッシュ”、自行利益追求を第一の目的にしています。それに対して、グラミン銀行は、“セルフレス”で、貧しい人達を救おうという社会貢献を企業目的としているのです。

  金持ちに金を貸す世界の銀行

 ユヌスさんは、その違いを、きわめて端的に説明してくれました。「世界中の銀行は、お金を貸してもらう時、担保を求めます。担保があるということは、財産があるということです。世界中の銀行は、お金を持っている人にしかお金を貸してくれないのです。しかし、本当にお金を必要としている人たちが、お金を借りることができない。それが世界の銀行の姿です。グラミン銀行は違います。貧しい人たちを救うために、お金を持たない、担保のない、さらに言えば女性に、優先的にお金を貸します」。
 貧しい人たちにお金を貸したら、返してくれないのではないかと考えがちです。ところが、グラミン銀行は、回収率九十九%。ほぼ完ぺきな回収ができています。さらに驚くのは、乞食にもお金を貸して、物乞いから抜け出るように手助けしていることです。
 企業は何のために存在しているのか、あなたは何のために働いているのか。そんな根源的な問いかけをされているように思われてなりません。自分の利益のために働くと、人は疲れます。しかし、人のために働いたら、疲れを感じるどころか、喜びを感じます。バングラデシュは、世界でももっとも貧しい国の一つでした。だから、すべてにおいて、日本には何の参考にもならない、遅れた国だと、私は思っていました。それが大きな間違いであることに気付かされました。

 革新的で、挑戦的な『夢甲斐塾』でありたい

 バングラデシュのグラミン銀行のあり方は、世界の企業のめざすべき姿です。私はそのことを再認識して、本当に、目からウロコが落ちる思いをしました。今、グラミン銀行の提唱する“ソーシャルビジネス”は、新しい資本主義と注目されています。そして、主としてヨーロッパの大企業が、グラミン銀行と提携して、社会的に意義のある企業に転身しようとしています。残念ながら、日本の企業の数は少ないようです。
 時あたかも、日本の政治も、政権交代により、大きな変化の時を迎えました。今までの考え方をどれだけ脱ぎ捨てられるか。そして、新しい価値を持った社会の実現に向けて、どれだけ果敢に挑戦できるかが問われています。『夢甲斐塾』も、山梨の発展のために、きわめて革新的で、挑戦的な学びをしたいものであります。
 最後になりますが、前回の私の手紙にさっそく応えて、たくさんの方から手紙をいただきました。心が通じたようで、喜んでいます。出会いのご縁を大切にしましょう。

                                              『夢甲斐塾』
                                              塾長  上甲 晃 


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「夢甲斐塾」塾生諸君への手紙

夢甲斐塾塾生諸君への手紙

                                               平成21年3月21日

       みなさんの参加が、どれほどの励みになったことか

          意志を透明にすれば、人は強くなれる


 過日の『箱根会議』に、塾生諸君が大挙して参加していただいたこと、心より御礼申し上げます。早朝に甲府駅に集まり、貸し切りバスを仕立てての参加、私にとって、どれほどの励みとなったことでありましょう。会場で、みなさんひとりひとりの顔を見かけた時、言葉に尽くせない力が湧いてきました。また、ひとりひとりからのメッセージをいただきましたことも、ありがたいことでした。当日は、とにかく緊張と多忙さに追われて、目を通す時間はありませんでした。しかし、『箱根会議』を無事に終えて、家に帰ってほっとしながら、メッセージを繰っている時、涙の出そうなくらいに喜びがこみ上げてきました。諸君の存在は、私にとっては、かけがえのない"宝物”であります。本当にありがとうございました。

『箱根会議』に凝縮した私の人生

 『箱根会議』は、私にとっては、人生そのものでした。即ち、私の人生のすべてを凝縮したものでありました。お話していただいたすべての人達は、人寄せするために、知名度だけで招いたものではありません。私の人生の中で、価値観を共にし、肝胆合い照らした人達ばかりです。だから、壇上に立ったすべての人たちの言葉は、私の言葉そのものでした。あるいは、私の思いを、私以上に的確に話していただいたとも言えます。
 また、当日、参加していただいた五百五十人は、私の人生の中で出会った同志がほとんどでした。その意味において、『箱根会議』は、私の人生そのものであったというわけです。
 『夢甲斐塾』の生みの親ともいうべき故天野健さんは、"己のために計らず”を人生のモットーとしておられました。私もまた、まったく同じ思いであります。"自らのために計らず、日本のために、そして私達の後に続く子々孫々のために計る”。その一点に思いを集中して、新しい運動を起こしました。人は、"自らのために計らない”覚悟をすると、こんなにもすがすがしく、そして精神的に強くなれるものだと実感しています。
 私の好きな宮沢賢治は、"透明なる意志”という言葉を使いました。私は、その言葉がとても気に入ってます。今回の『箱根会議』が成功するためには、私は、私自身に対して、"透明なる意志”を求めました。これからますます、意志を透明にし、研ぎ澄まさなければなりません。
 "日本 この手で何とかする”は、日本の政治の現状を正すことを目的にしていますから、明らかに、ある種の政治運動です。日本では、様々な活動に、政治色と宗教色を嫌う傾向にあります。確かに、一般の組織に、政治的意図や宗教的意図を持ち込むことは混乱の原因になります。特に、「特定の意志を持って、組織を利用しようする活動」は、断固、阻止しなければなりません。しかし、政治に関わらないようにしようとしたことが、日本の政治の劣化を招いたことも事実です。また、宗教色を極端に嫌うあまり、敬虔な信仰心と言うべき"祈り”までもが抜け落ちてしまっている組織もたくさんあります。

 どうか、日本の未来に希望が満ちるように

 私は、"どうぞ日本の将来に希望が満ちたものになりますように”という祈りをもって、この運動を立ち上げました。日本には、今、こんな国をめざしたいという理想に燃えた理念はありません。また、国民に未来への希望と夢を与えるような目標もありません。要するに、その日暮らしの政治が行われているのです。そして政治家諸氏は、自らの権力を守り、自らの立場を守ることを唯一の拠り所として、政治に携わっているのです。こんなことでは、日本はますます衰退します。
 「私には関係ないこと」と思っていた国民も、海外に逃亡しない限り、国の運命から逃れることはできません。日本丸が沈んだら、私達の運命もまた沈み始めるのです。沈み始め、首の所まで水が来ないと、危機がわからないようでは、生き残れません。まして、未来に生きる子供達の運命はどうなるのですか。これから希望に燃えて生きるべき若い人達の人生はどうなるのですか。
 政治家が、自らの生き残りのためにつくる新党ではなく、国民が自らの手でつくる新党。それが、私のめざすところです。『箱根会議』で、少しその予兆を確認していただけたと思います。「こういう人達が日本の舵取りをしてくれたら、日本は変わるのではないか」といった予感をしていただけたのではないでしょうか。
 運動は立ち上がりました。これからは、いっそうの力を貸してください。私もまた、自らのすべてを差し出して、運動のために人生を捧げます。
 桃の季節の山梨に、一日ゆっくり遊びたいものだと、密かに願っています。またお目にかかれる日を楽しみにしています。

                                         『夢甲斐塾』
                                         塾長  上甲 晃

『夢甲斐塾』塾生諸君への手紙

『夢甲斐塾』塾生への手紙

                                                 平成21年1月25日

“自らを計算に入れなければ、強くなれる”
  『箱根会議』に、全力投球する覚悟です


 一月の例会は心温まる雰囲気の中で行われ、私も、満ち足りた気持ちになりました。会場として提供されたスウェーデンハウスのモデル住宅も、解体前の最後のご奉公とか。「お別れに、みんなに使って欲しかった」と言った心遣いもうれしかった。また、随分遅い時間からの食事会になりましたが、手作りのおにぎりやおかずを持ち寄ってきたのも、心温まる雰囲気の大切な盛り立て役を果たしていました。居酒屋での食事会よりも、みんなが手作りして持ち寄った食べ物をみんなで分かち合いながら一緒に食べているほうが、ほのぼのとして気持ちになるから不思議です。

ほのぼのとした雰囲気が育ちつつあることに感謝

 人間は、何か特別なことをして感動を求めなくても、ごく平凡な日常の生活の中で、みんなのために労を惜しまず、手間隙かければ、こんなにも満ち足りた気持ちになれることを、私もまた、学ぶことができました。『夢甲斐塾』は、そこに参加しただけで、満ち足りた気持ちになれる雰囲気をいつまでも大切にしたいものです。
 さて、三月の例会は、私が主宰する『箱根会議』にみんなで出かけようと決めていただき、ありがとうございます。三百人の会場を満杯にしたいとの思いが、おかげで一段と現実化してきました。溢れ返るばかりの人が駆けつけていただくと、熱気むんむんの会議になることでしょう。山梨から、バスで駆けつけてくれた一団がいたというだけで、私は、大きな励まし、勇気を与えられます。
 『箱根会議』は、私の人生のすべてを集大成して開くものです。そこに集まる人達は、大半、私の今までの人生において培い、肝胆相照らした同志ばかりです。そのほとんどすべての人達が、馳せ参じてくれます。もちろん、諸君もまた、その仲間であります。「私の人脈の全財産を捧げた会合」とも言えます。

私の志が問われる正念場です

 この会議の成功のためには、私自身の魂を透明にしなければなりません。私の中に、いささかでも自らの利益を図る気持ちがあれば、会議はそこから崩れていくと肝に銘じています。その意味では、私の人生においても、志を問われる正念場であります。人は、自らをむなしくすればするほど、自らの利益を計算に入れなければ入れないほど、強くなれると確信しています。
 将来に希望と夢、そして誇りを持てる国づくりのために、立つ。それには私一人では何もできません。みなさん一人一人が、同志として行動を共にしようと思っていただける会合をめざします。それでは、箱根でお目にかかりましょう。

                                      『21世紀夢甲斐塾』
                                        塾 長    上 甲  晃    

「夢甲斐塾」塾生諸君へ

『夢甲斐塾』塾生諸君へ

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年12月号」より
  
                                         平成20年12月21日 6367号

“あの人の存在が救いだ”と言われる人に
~良い雰囲気力は、最高の教育力


 その後、お変わりありませんか。今年度の研修も、ほぼ半分が過ぎました。ありがたいことに、諸君の積極心により、今年は、最初から盛り上がりを実感しています。私も、いつも心弾ませて、山梨に向かえます。
 私は、“雰囲気力”こそ、最高の教育力だと思っています。人は雰囲気に感化されるものです。良い雰囲気の場所に身を置くと、人は、自然に良くなります。逆に、雰囲気が殺伐とした所に身を置くと、いつの間にか殺伐とした心の人達が増えてきます。その点、今年の『夢甲斐塾』には、人の心を和ませ、親切にしたくなるような、心優しい雰囲気が溢れています。“愛の雰囲気力”です。おかげで、私もまた、『夢甲斐塾』に出掛けることが大変に楽しみであります。

良い雰囲気の中にいると、人は良くなる

 良い雰囲気を作ることは、教育の原点です。本当に雰囲気が良くなると、いちいち教えなくとも、人は変わっていきます。例えば、お茶席に並ぶと、普段、どんなに行儀の悪い人も、背筋を伸ばし、正座をします。回りのみんなの行儀が良いと、「行儀良くしなさい」と、うるさく叱らなくても、自然のうちに行儀が良くなります。「はばかられる」という言葉は、なかなか良い表現です。みんなの行儀が良い場所では、悪い行儀が「はばかられる」のです。その「はばかられる」ことが、即、教育であります。
 今年の『夢甲斐塾』は、揃いも揃って、塾生の人達が熱心です。周りの人達がみんな熱心であることは、まさに、“雰囲気力”であります。「もう少し熱心に取り組まなければ、みんなに対して恥ずかしい」といった空気が伝わってくるのです。
 これからさらに半年、“雰囲気力”に磨きをかけようではありませんか。とりわけ、周りの人を思いやる心に満ちた雰囲気は、『夢甲斐塾』の伝統であります。雰囲気が、伝統の精神を創り上げていくのです。

雰囲気力は、諸君ひとりひとりの努力から生まれる

 “雰囲気力”は、目に見えません。また、数値化することもできません。それだけに、実に悩ましいとも言えます。“雰囲気力”は、そこにいる人達一人一人の心構えの集合であり、実践の集合体です。また、雰囲気力は、そこにいる人が、実感するものであります。
 雰囲気は、誰かに与えてもらうものではありません。そこに集う一人一人が、かもし出すのです。「せめて私ぐらいは」の心構えです。「人を批判し、悪口を言わないこと。そんな風に思うなら、人に求めるのではなく、“せめて私は”と考え、自ら行動を起こすことです」。“あの人の存在が救いだ”と言われる人をめざそうではありませんか。

『箱根会議』の反響に驚いています

 「もはや政治家だけを当てにはできない」との思いから、『日本 この手で何とかする』運動を旗揚げする<箱根会議>をご案内したところ、早速、たくさんの塾生諸君から、参加の申し出をいただきました。うれしい限りです。中には、友人、知人も誘うと申し出ていただいている人もいます。これまた、感激です。
 誰かが何とかしてくれると考えるのではなく、自分達で何とかすると考える。今や、それほど差し迫った時の中にいるのではないでしょうか。まだ参加の申し込みを受け付けています。どうぞ、志ある仲間に参加を呼び掛けてください。また、当日の午前中は、私の主宰する『青年塾』の修了発表会と出発式です。私にとっては、『青年塾』も、『夢甲斐塾』も同根、同志であります。ぜひとも、その様子を見ていただきたいと思います。3月15日は、“箱根に全員集合”。

 この一年、ありがとうございました。今週末に、清里でお目にかかれることを楽しみにしています。私も、妻と孫達、そして息子夫婦、アイビーエムの役員だった知人の夫婦も誘っています。この一年を感謝しながら、共に良い時間を過ごしましょう。
 また、清里でお目にかかれない人達は、「どうぞ、良い新年をお迎えください」。

                                         夢甲斐塾
                                          塾長  上甲晃

『日本、この手で何とかする』箱根会議

謹啓
 
 紅葉の秋本番、その後、お変わりございませんか。
 最近、年齢のせいでしょうか、それとも、松下政経塾で仕事をしてきた関係でしょうか、日本の将来に対して、強い不安感を抱くようになりました。松下幸之助が、松下政経塾を設立した当時、「日本のこれからを考えたら、夜も眠れない」と、真っ赤な目をしていたことが、今さらながらに思い起こされます。
 国民の一人一人が、どんなにまじめに日々を送っていても、日本の舵取りをする政治がしっかりしていないと、“日本丸”は沈んでいきます。私達が乗り込んでいる“日本丸”が沈んでしまったら、国民のまじめな努力もまた、共に沈んでしまいます。本当に、このままの政治でよいのでしょうか。「目先のことばかりを追い求めたら、やがてこの国は行き詰る」と警鐘を鳴らし続けた松下幸之助。今、その危機感が手に取るように私には分かるような気がするのであります。
 政治の弱体化は、誰の目にも明らかです。“日替わりメニュー”のように交代する日本国の総理大臣。どの総理大臣の口からも、国民に生きる勇気と誇りを与え、奮い立つような元気をかきたてる大きな計画、壮大な国家目標は示されません。「目先の景気浮揚が第一の課題」と言って、金をばら撒くような見識の政治では、日本はいつまで経っても、力強く立ち上がれないのです。“春秋に高い”私としては、「関係ないこと」と逃げてしまうことも可能です。しかし、私は、どうしても、見て見ぬふりができないのです。松下政経塾出身の政治家諸氏にも、「個々の努力を超えて、日本の将来のために、自らをむなしくして、大同団結、立ち上がれ」と、発破を掛け続けています。日本丸の将来のために、微力を尽くしたい、それが、私の切なる思いです。
 そこで、別紙の会合を計画しました。政治家に依存するのではなく、私達国民が、自ら日本が目指す方向・目標を探究し、その実現を政治家に迫る活動を立ち上げることが目的であります。言い方を変えれば、有権者が起こす“新党運動”であります。これこそ、究極の民主主義ではないかとも思います。当日は、松下政経塾の政治家諸氏の中で、私の思いに共鳴・共感して、すぐにでも行動を共にしようという同志が、参加を約束してくれています。
 私の思いをいささかなりともお汲み取りいただき、ぜひとも、来年三月十五日に開催する『箱根会議』に馳せ参じていただきたく、ご案内申し上げます。徳川幕府に挑んだ高杉晋作は、山口・功山寺で、たった七十名と共に、「真があるなら、今月今宵。明けて正月、誰も来る」という有名な言葉を残して、挙兵しました。まさに、「真があるなら、今月今宵」であります。ご参加、心よりお待ち申し上げます。

          平成20年11月25日                           上甲 晃

                             

『根津嘉一郎』

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『根津嘉一郎』   平成20年11月24日 6340号

 『出る杭は打つ』といった県民性を指摘される山梨県。確かに、県内の人達の間には、突出を嫌い、“横並び”を好む傾向がある。ところが、県外に出た人には、日本を代表する経営者が多い。“甲州商人”とも呼ばれて、その事業手腕は、一目置かれる存在であった。中でも、かつて、“鉄道王”とも呼ばれた根津嘉一郎は、代表格の一人であろう。
 根津嘉一郎と言えば、東武鉄道の経営者として、その名をとどろかせた人である。山梨県の中央部、山梨市の豪農の出身だ。この十月から、根津本家が、「記念館」として装い新たに、お目見えした。その記念館の前に事務所を構えている、『夢甲斐塾』の塾生である仙洞田氏に誘われて、根津記念館を訪問した。遥かかなたに富士山の頭が見える絶好の立地条件である。周りはブドウ畑に囲まれている。
 根津嘉一郎が生まれたのは、万延元年、一八六〇年。亡くなったのは、昭和十五年、一九四〇年。明治から大正、昭和へと、日本近代化の歩みの真ん中で活躍してきた人である。私は、展示を見ながら、根津嘉一郎の生き方を探った。「この人は、どうしてこれだけ大きな仕事ができたのであろうか。その考え方において、どこが特徴的であったのだろうか」といった目で、メモしながら見て回った。
 まず、父親の教え。「人は短い人生の中に、お国のために何か善いことをしなければならぬ」。父は、子供のころから、“世のため、人のために”という『志』を教え続けてきたのだ。母は、子供を枠にはめるのではなく自由奔放に育てたとあった。
 根津嘉一郎は、上京して、最初のうちは、投機の仕事に力を注いだ。そのころ、「相場などで一時の利を追うよりも、事業を経営し、事業を盛り立てて、真の利益を享受することにせよ」と、郷里の大先輩である雨宮敬次郎から教えられて、投機的仕事からきっぱりと足を洗う。そして、鉄道の仕事にのめり込んでいくのだ。
 「事業をする究極の目的は、決して金を儲けるということではない。国家や社会に本当に裨益しようとする真の目的がなくては栄えるものではない」。これが、根津嘉一郎の事業観である。その一点においては、成功した経営者はすべて共通する。根津もまた、その境地に立って経営したからこそ、今日にまでその名をとどろかせることができたのだ。
 根津は、山梨の人達の間では、今なお、評判がよい。それは、自らが得た利益の大半を惜しげもなく、地域に差し出したからだ。中でも、県下の全校にピアノを寄付したことは、今の語り草だ。

『夢甲斐塾』諸君へ(11月)

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『夢甲斐塾』諸君へ   平成20年11月23日 6339号

 秀森山での合同例会は、『夢甲斐塾』の歴史に残るほど、充実した内容のものでありました。何よりも、たくさんの塾生諸君が参加して、全員が、自らの持ち場で、献身的に働いている姿に、心打たれました。駐車場への案内役、台所で食事の準備をする人達、机を並べている人達、座布団を敷いている人達、映写の準備をしている人達、みんなが、本当に誠実に、そして一生懸命に働いていました。その姿は、輝いて見えました。人は、高度な仕事や花形の仕事に携わるから、輝くのではないのですね。「みんなのために」と思って献身的に働く時に、人は輝くのだと、私は改めてみなさんから教えられました。ありがとう。
 そして、今回は、会場を提供していただいた住職の須山さんから、様々なことを学びました。改めて、立派な人に塾生になってもらったと、しみじみ実感した次第です。
 須山さんの話は、みなさんにも聞いてもらいましたが、その後に、さらに聞いた話も感動的でした。
 須山さんの奥様が、生まれた時からの小児麻痺で、重度の身体障害者であることは、須山さんご自身が、みなさんに話されました。その奥さんの話です。須山さんは、先妻を、結婚して一年半後に亡くされました。その先妻もまた、重度の身体障害者で、歩くこともできなかったそうです。先妻を亡くした後、今の奥さんと結婚するに当たっては、双方の家族全員が猛烈に反対したそうです。「どうして、選りに選って、障害者ばかりなのだ」。奥さんの側でも、「うちの財産を狙っているのではないか」と反対されたそうです。そのすべての反対を押し切って、須山さんは、結婚したのです。
 理由はただ一つ、「心がきれいだから」。須山さんは、「生まれつき障害のある人は、自らの欲望を抑えることを初めから心得ています。だから、不平不満を言わない。自分に与えられた境遇の中で精一杯生きようとするから、実に心が美しいのです」と私に教えてくれました。私達は、五体満足だから、逆に、不平不満を言い、人をねたみ、苦しんでいるのです。生まれつき、走ってみたいと思っても、走ることさえできない身だから、走りたいといった欲望を持たないのです。限りない欲望を求めて苦しむ我が身を振り返って、私は、大いに反省させられました。
 須山さんの奥さんは、一人では歩けない身なのに、実に働き者です。車椅子に乗って、掃除をする。それも、隅から隅まで徹底した丁寧な掃除。洗濯もされるし、洗濯物を干すのも一人でやられる。普通の主婦ができることは、ほとんどすべてやられます。今回、奥様が丹精込めて手作りしてくださった大根の漬物がどれほど美味しかったことか。
 あまりにも、無理な姿勢でがんばり過ぎて、最近、骨が縮んで、曲がってきてると聞きました。ご主人の須山さん自身が、「頭が上がりません」と言うほど、奥さんは働き者なのです。お寺の奥さんのことを、“寺庭婦人”と呼ぶそうです。“寺庭婦人”は、普通の主婦以上に仕事が多いのです。しかし、奥さんは何一つ文句も言わず、ひたすら働いておられます。それに比べて、五体満足な私達に、不足を言う人が、何と多いことでしょう。また、五体満足にもかかわらず、何もしないで、ぶらぶらしている人の、どれほど多いことでしょうか。
 「妻の名前は、貴婦人の、貴と婦を逆にして、婦貴子と言います。本当に、その名にふさわしい生き方をしています。結婚する時に、あれほど反対した家族達が、妻の魅力に引き寄せられて、最近は、いつも私の所に集まってきます。また、妻の母も、死ぬ時は娘の所で死にたいと、我が家に来ました」。そんな風に語る須山さんもまた、魅力的に見えました。素晴らしい人と、同じ『夢甲斐塾』で学べることを、ともに喜び合いたいと思います。
 そして、きっと塾生諸君の一人一人に、須山さんと同じような志があり、思いがあることでしょう。『夢甲斐塾』では、そのような一人一人の生き様を大切にして、お互いに知り合い、分かち合い、励まし合い、喜び合う雰囲気を育てていきたいものであります。
 さて、私の計画している〈日本、この手で何とかする〉と題した『箱根会議』の開催要領は、本日同封したデイリーメッセージの巻末に案内しています。会場はまだ最終決定していませんが、箱根町の芦ノ湖畔か仙石原になる予定です。巻末の申込書で申し込んでいただきますと、改めて、正式なご案内を差し上げます。
 どうぞ、ご家族、ご友人、知人ともども、箱根に馳せ参じてください。心からお待ちしています。

                                       『21世紀夢甲斐塾』
                                          塾長   上甲 晃
プロフィール

夢甲斐塾

Author:夢甲斐塾
夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

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