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【歴史文化委員会】神道に学ぶ

歴史文化委員会主催 全体例会

平成20年10月27日(月)
7時30分~10時00分
昭和町彩の広場公会堂


第一部
歴史文化委員会 平成20年度活動方針発表   委員長 柴田雅央

柴田

以下、発表内容

歴史文化委員会 活動目的
自分の住む郷土の歴史と文化を学ぶことにより、郷土への愛と誇りをもち未来へとつなげる。

ビジョン
山梨の歴史と文化伝承者

活動方針
現地現場に訪れ、現物から学ぶ。
学んだ歴史と先人の生き様を、多くの人に伝える。
歴史以外の、宗教などにも着目する。


期待できる成果
「山梨の歴史のことだったら、夢甲斐塾」というイメージの構築

夢甲斐塾から、山梨の歴史のすばらしさを発信!
   対象:夢甲斐塾生、地元の大人子供、観光客



第二部
神道を学ぶ    
真壁さんをコーディネーターにディスカッション形式で「神道」について学びました。

当日の内容は下記のとおりです。

真壁


まず初めに、これは僕が今までに考えたことで、僕の主観が大いに入っているものなので、これがオーソドックスな考え方だとは思わないで下さい。


一番最初の宗教ってなんだろうか?

宗教=苦しさ・恐れからの開放

一番最初の宗教は原始共産主義の中で宗教が生まれたので、
人間関係ではなく、自然への恐怖・畏怖
人の力ではどうすることの出来ないものへの崇拝

・ 石や山、樹木などの自然物の崇拝
・ 地域? 集団? 単位の宗教
         ↓↓↓↓
   日本の場合「神道の原型」


狩猟と採集から邑へ

   邑の構築により、自然に対する恐怖心は薄くなる(農作業により定住)
      ↓↓↓↓
   「対象が自然物から人間関係へ」
   
   例えば・・・・ 
・ インドのバラモン教
・ エジプトからヨーロッパにかけてのユダヤ教
・ 儒教の原型なども多分これに入る
       ↓↓↓↓
   「世界ではこれらがより高度の物へと変化」
・ バラモン教 → 仏教、ヒンドゥ教
・ ユダヤ教  → キリスト教、イスラム教
・ 儒教については、孔子が変異させる

   日本は変異をせず(当時そこまで社会が成熟していなかった)


原始の日本の歴史の推移

狩猟・採集(縄文初期)
    ↓ 
畑作による稲作(縄文後期)
    ↓ 
渡来人により飛躍的に農業が発達し、水田による稲作へ(弥生時代)


稲作がもたらしたもの

・ 邑の構築
・ 貧富の差が出る(邑内・邑対邑)
     ↓↓↓↓
「争い事が起こる様になる」


  ただし世界の他の地域とは、異なる事が起こる。
  それは、日本の国内の中で強者が出てきたわけではなく、
  渡来人の一部の集団による侵略(※個人的見解です)

私の考える理由

 まず、日本という国は島国であります。
 つまり、渡来人が来たとしても当時の事ですから非常に数は少ない。
 もちろん幾度となくやってきた事でしょうけどね。
 中には原住民と仲良くした集団もいた事でしょうが、
そうではない考えの人たちが入ってきたのではないか?と考えています。
早い話が、武力による統治を考えた渡来人です。
もちろん、これといって確証はありませんが、
神道のもう一つの側面が、そういった事を匂わせます。




神道の神様について 

・ 石や山、樹木などの自然物の崇拝 
・ 人物の崇拝(天照大神など)

 元々は自然物に対する信仰だったものが、
いつの頃からか人物も対象に加わる様になります。
しかし人物といっても、
我々が尊敬する人物を神に祀り上げるという事とは違うのです。
自然物の崇拝は自然に対する「畏敬の念」より生まれましたが、
これこそが神道の本質で、人物に対しても「畏敬の念」があった訳です。

 そして、神になるのは必ず「死者」なのです。
※ 明治からの国家神道は天皇を神にしていますけどね。

死者に対し、畏敬の念を感じるのは一体何故でしょうか?
優れた人物だったからでしょうか?
そういった側面もあったかも知れません。
しかし古事記を読めば、大国主命は別名をオオナムジ(醜い男という意味のようです)と表現されていたりします。
とても、生前「尊敬」していたとは考え難い。
では、なぜ畏敬の念を抱くのでしょうか?
それは、「やましい心」「後ろめたい気持ち」があったからではないでしょうか?


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『夢甲斐塾』諸君への手紙(10月)

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年10月号」より

『夢甲斐塾』諸君への手紙   平成20年10月22日 6307号

 お元気ですか。私は先週五日間、北海道に出掛けていました。北海道は、今、秋の真っ最中。例年になく暖かい秋のため、紅葉の色付きがあまり良くない、地元の人達は教えてくれました。オホーツク海で、本マグロが取れたことも、ビッグニュース。地元の漁師さんもびっくりしていました。山梨の紅葉は、まだこれからでしょうか。
 北海道では、随分、多くの学びがありました。中でも、財政破綻した夕張市での研修は、今年が二回目になりますが、色々と考えさせられました。夕張は、“私達とは関係ない出来事”ではなく、まさに、日本の将来の姿を見るような気がします。本当は、夕張のことを高みの見物できるほど、私達の住む地域も安閑とはしておれないはずです。明日にも、私達の住む地域もまた、“財政破綻”する危険性があります。
 そんな中で、一つの大きな学びもありました。私は、財政破綻した夕張市で、どうして、全国にその名を轟かせるような夕張キングメロンが生まれてきたのか、不思議でした。その秘密を探りたいと思っていました。今回、理由が、よく分かりました。
 夕張は、炭鉱町として栄えてきました。石炭全盛の時代、夕張の町は大いに賑わっていました。人口も、今の十倍近くもいました。当時、夕張の人達の目は、すべて石炭に向いていました。裏返すと、農業は、まったく、蚊帳の外だったのです。ある時、市長が、「ところで、今の農協の組合長は誰だった?」と聞いたことを、未だ農業関係者は覚えています。それほど、農業は、“冷や飯を食わされる”状態だったのです。
 ところが、人間社会、“冷や飯食いの状態”が、かえって幸いしました。農業者は、行政が面倒を見てくれないのなら、自分たちで何とかしようと腹を決め、立ち上がりました。結果的には、その努力が、夕張キングメロンを生み出すことになりました。メロン農業組合の元組合長だった人は、「冷や飯が、雑草の強さを育ててくれた」と言いました。
 実に、私は、“わが意を得たり”と思いました。「志さえあれば、冷や飯もまた、人には大きなプラスをもたらしてくれる」のです。
 私達の人生には、“冷や飯”を食べなければならないような事態がいくらでもあります。多くの人達は、“冷や飯”を食べなければならないと、「どうしてこんな目に遭わなければならないのだ」と、くさり、やけくそになり、人を批判して、結局ますます落ちていきます。しかし、“冷や飯”も、チャンスなのです。何のチャンスか、「雑草の強さを養うチャンス」と受け止めるのです。そうすれば、“冷や飯”が、“温飯”に変わるのです。

『出席率』

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年10月号」より

『出席率』   平成20年10月1日 6286号

 宴たけなわの時、居酒屋の玄関の扉が開いた。男女二人が、入ってきた。女性は、私も顔を見知っている、“夢甲斐塾”の塾生である。しかし、男性の顔を見るのは初めてだ。ところが、宴席に顔を揃えた塾生の間から、大きな歓声が上がった。私が顔を見たことのない男性が現れたことを歓迎する声が上がり、そして拍手が起きた。「二十九人目が、ようやく現れた。これで全員集合だ」との声が、どこからか聞こえた。
 拍手と歓声で迎えられたご本人は、少し照れながら、「はめられた」と、しきりに言う。どうやら、この日もその人は、塾生でありながら、“夢甲斐塾”の例会に参加するつもりはなかったようだ。どこか別の所で、一杯飲んでいたと言う。そこへ、“夢甲斐塾”の女性の塾生が、誘いに出掛けたのである。普通の言い方では、来ないだろうと思った女性の塾生は、何らかの策略を講じたのであろう。まんまと、その作戦に引っかかり、“夢甲斐塾”の宴席に連れて来られ、結果として、初参加になったのだ。
 今年の“夢甲斐塾”の塾生は、総勢二十九人。かつてない多人数である。それだけでない。最初の会合以来、これまた、かつてないほど、参加率が良いのだ。この日の例会にも、先輩を含めると、五十人ほどの人が集まっている。参加者が多いと、やはり、雰囲気は盛り上がる。そこで、私は、「今年の最大の研修課題は、入塾した二十九人が、一人の落伍者もなく、全員揃って一年後に出発すること」と求めた。
 実は、この目標は、まことにハードルが高い。“夢甲斐塾”への参加には、いかなる強制力も効果がない。「欠席したら止めてもらいます」、「罰金を取ります」、「給料に響きますよ」などといった言い方ができない。すべては、塾生諸君の心の持ち方一つである。一人一人が、「参加すると決めた限りは、途中で止められない。また自分が参加しないと、みんなに迷惑がかかる」と自覚する。それ以外の方法はない。塾生諸君の全員が、そんなふうな自覚ができていないと、歯の抜けるように、時間の経過と共に、参加率が悪くなっていくのだ。
 私は、もし仮に、入塾者全員が、一年後に揃って出発することができたとしたら、“夢甲斐塾”の体質が大きく変わると信じている。そして、“夢甲斐塾魂(スピリット)”といったものが、新しく生まれてくると確信している。既に、今まで一度も参加したことのない人を引っ張り出そうとする人も出てきた。参加しない人のことを、他人事ではなく、自分事として考えられるようになったこと自体、既に、変化の兆しは現れている。全員の自覚と、他人への思いやりがあってこそ、初めて成し遂げられる研修課題だ。
プロフィール

夢甲斐塾

Author:夢甲斐塾
夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

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