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【塾生紹介】泉(3期)

氏名:泉 隆
期:3期生
仕事:
    次世代育成支援にかかわるコンサルティング
    イベント企画・実施
入塾のキッカケ:
    先輩塾生に誘われたため
    夢甲斐塾で学んだこと:自分の夢や志を本気でかなえようと思えるようになったこと。
    出会いの大切さ。
私の志:
    自分の手の届く範囲をよくすること。
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【塾生紹介】 矢島2期

氏名:矢島孝浩
期:2期
仕事:歯科医師
入塾のきっかけ
  夢甲斐塾がまだ県の事業だった頃「出る杭は打たれる」県民性に常に疑問をいだいていて
  「出る杭は打たない」という方針にひかれて。
  また、そんな仲間とも知り合いたかった。
夢甲斐塾で学んだこと
  ☆中途半端な出る杭だからたたかれる。たたきようが無いほど出てしまえば人はついくるようになる
  ☆他人は変えることは難しいが自分は変えられる」「せめて自分だけは」
  などなど上甲塾長教えで仕事、私生活も大きく変わりました。
              
私の志
  「自分の中に一本大きく筋を通すこと」
     夢甲斐塾を続けること

【塾生紹介】柴田

氏名:柴田雅央

期 : 7期

仕事:カーナビ、カーステレオ、観光バス、路線バス音響機器の卸販売、取り付け、修理

入塾のキッカケ:地元のビジネス外の人脈から学びたいと思った。

夢甲斐塾で学んだ事:組織の運営を実践できた。

私の志: 山梨の武田関係の歴史が好きなので、山梨の歴史伝道者を目指しています。
      県外の方に、「山梨っていいところだね、また来たいね。」と言ってもらえるような、
      山梨の子供が地元の歴史を知ることで、郷土愛が育まれるような活動を目指しています。

【塾生紹介】厚芝

氏名 : 厚芝好美
期 : 6期
仕事 : NPO法人、理事 ・ 福祉関係団体、役員
入塾のキッカケ : 知人の紹介
夢甲斐塾で学んだ事 : 常に志を高くもって、凡事徹底!
私の志 : 地域医療を含む福祉の向上

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【塾生紹介】雨宮(6期)

氏名:雨宮誠
期:6期
仕事:無職
入塾のきっかけ:入塾説明会のチラシを見て面白そうだと思ったから。
夢甲斐塾で学んだこと:まず動くこと!実践第一!
私の志:社会や時代を動かすのは蒼氓たる多くの市民。その市民の一人であり続けること。

【塾生紹介】木村

氏名:木村由紀子
期 : 6期
仕事:研修会社経営  小笠原流礼法教室運営
入塾のキッカケ:山梨が誇るべき小笠原流礼法のすばらしさを多くの方に知ってもらいたい
夢甲斐塾で学んだ事:志の一歩を小さなことからでもまず踏み出してみること。そしてどれだけ先の山梨のことを考えて続けていけるかが大切だということ。
私の志: 小笠原流礼法を通じて日本人が大切にしてきた心、礼儀作法の大切さ、季節を愛でる豊かな感性を子供達に少しでも伝えていき、郷土を誇れる子供達になってもらいたい。

『日本、この手で何とかする』箱根会議

謹啓
 
 紅葉の秋本番、その後、お変わりございませんか。
 最近、年齢のせいでしょうか、それとも、松下政経塾で仕事をしてきた関係でしょうか、日本の将来に対して、強い不安感を抱くようになりました。松下幸之助が、松下政経塾を設立した当時、「日本のこれからを考えたら、夜も眠れない」と、真っ赤な目をしていたことが、今さらながらに思い起こされます。
 国民の一人一人が、どんなにまじめに日々を送っていても、日本の舵取りをする政治がしっかりしていないと、“日本丸”は沈んでいきます。私達が乗り込んでいる“日本丸”が沈んでしまったら、国民のまじめな努力もまた、共に沈んでしまいます。本当に、このままの政治でよいのでしょうか。「目先のことばかりを追い求めたら、やがてこの国は行き詰る」と警鐘を鳴らし続けた松下幸之助。今、その危機感が手に取るように私には分かるような気がするのであります。
 政治の弱体化は、誰の目にも明らかです。“日替わりメニュー”のように交代する日本国の総理大臣。どの総理大臣の口からも、国民に生きる勇気と誇りを与え、奮い立つような元気をかきたてる大きな計画、壮大な国家目標は示されません。「目先の景気浮揚が第一の課題」と言って、金をばら撒くような見識の政治では、日本はいつまで経っても、力強く立ち上がれないのです。“春秋に高い”私としては、「関係ないこと」と逃げてしまうことも可能です。しかし、私は、どうしても、見て見ぬふりができないのです。松下政経塾出身の政治家諸氏にも、「個々の努力を超えて、日本の将来のために、自らをむなしくして、大同団結、立ち上がれ」と、発破を掛け続けています。日本丸の将来のために、微力を尽くしたい、それが、私の切なる思いです。
 そこで、別紙の会合を計画しました。政治家に依存するのではなく、私達国民が、自ら日本が目指す方向・目標を探究し、その実現を政治家に迫る活動を立ち上げることが目的であります。言い方を変えれば、有権者が起こす“新党運動”であります。これこそ、究極の民主主義ではないかとも思います。当日は、松下政経塾の政治家諸氏の中で、私の思いに共鳴・共感して、すぐにでも行動を共にしようという同志が、参加を約束してくれています。
 私の思いをいささかなりともお汲み取りいただき、ぜひとも、来年三月十五日に開催する『箱根会議』に馳せ参じていただきたく、ご案内申し上げます。徳川幕府に挑んだ高杉晋作は、山口・功山寺で、たった七十名と共に、「真があるなら、今月今宵。明けて正月、誰も来る」という有名な言葉を残して、挙兵しました。まさに、「真があるなら、今月今宵」であります。ご参加、心よりお待ち申し上げます。

          平成20年11月25日                           上甲 晃

                             

『根津嘉一郎』

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『根津嘉一郎』   平成20年11月24日 6340号

 『出る杭は打つ』といった県民性を指摘される山梨県。確かに、県内の人達の間には、突出を嫌い、“横並び”を好む傾向がある。ところが、県外に出た人には、日本を代表する経営者が多い。“甲州商人”とも呼ばれて、その事業手腕は、一目置かれる存在であった。中でも、かつて、“鉄道王”とも呼ばれた根津嘉一郎は、代表格の一人であろう。
 根津嘉一郎と言えば、東武鉄道の経営者として、その名をとどろかせた人である。山梨県の中央部、山梨市の豪農の出身だ。この十月から、根津本家が、「記念館」として装い新たに、お目見えした。その記念館の前に事務所を構えている、『夢甲斐塾』の塾生である仙洞田氏に誘われて、根津記念館を訪問した。遥かかなたに富士山の頭が見える絶好の立地条件である。周りはブドウ畑に囲まれている。
 根津嘉一郎が生まれたのは、万延元年、一八六〇年。亡くなったのは、昭和十五年、一九四〇年。明治から大正、昭和へと、日本近代化の歩みの真ん中で活躍してきた人である。私は、展示を見ながら、根津嘉一郎の生き方を探った。「この人は、どうしてこれだけ大きな仕事ができたのであろうか。その考え方において、どこが特徴的であったのだろうか」といった目で、メモしながら見て回った。
 まず、父親の教え。「人は短い人生の中に、お国のために何か善いことをしなければならぬ」。父は、子供のころから、“世のため、人のために”という『志』を教え続けてきたのだ。母は、子供を枠にはめるのではなく自由奔放に育てたとあった。
 根津嘉一郎は、上京して、最初のうちは、投機の仕事に力を注いだ。そのころ、「相場などで一時の利を追うよりも、事業を経営し、事業を盛り立てて、真の利益を享受することにせよ」と、郷里の大先輩である雨宮敬次郎から教えられて、投機的仕事からきっぱりと足を洗う。そして、鉄道の仕事にのめり込んでいくのだ。
 「事業をする究極の目的は、決して金を儲けるということではない。国家や社会に本当に裨益しようとする真の目的がなくては栄えるものではない」。これが、根津嘉一郎の事業観である。その一点においては、成功した経営者はすべて共通する。根津もまた、その境地に立って経営したからこそ、今日にまでその名をとどろかせることができたのだ。
 根津は、山梨の人達の間では、今なお、評判がよい。それは、自らが得た利益の大半を惜しげもなく、地域に差し出したからだ。中でも、県下の全校にピアノを寄付したことは、今の語り草だ。

『夢甲斐塾』諸君へ(11月)

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『夢甲斐塾』諸君へ   平成20年11月23日 6339号

 秀森山での合同例会は、『夢甲斐塾』の歴史に残るほど、充実した内容のものでありました。何よりも、たくさんの塾生諸君が参加して、全員が、自らの持ち場で、献身的に働いている姿に、心打たれました。駐車場への案内役、台所で食事の準備をする人達、机を並べている人達、座布団を敷いている人達、映写の準備をしている人達、みんなが、本当に誠実に、そして一生懸命に働いていました。その姿は、輝いて見えました。人は、高度な仕事や花形の仕事に携わるから、輝くのではないのですね。「みんなのために」と思って献身的に働く時に、人は輝くのだと、私は改めてみなさんから教えられました。ありがとう。
 そして、今回は、会場を提供していただいた住職の須山さんから、様々なことを学びました。改めて、立派な人に塾生になってもらったと、しみじみ実感した次第です。
 須山さんの話は、みなさんにも聞いてもらいましたが、その後に、さらに聞いた話も感動的でした。
 須山さんの奥様が、生まれた時からの小児麻痺で、重度の身体障害者であることは、須山さんご自身が、みなさんに話されました。その奥さんの話です。須山さんは、先妻を、結婚して一年半後に亡くされました。その先妻もまた、重度の身体障害者で、歩くこともできなかったそうです。先妻を亡くした後、今の奥さんと結婚するに当たっては、双方の家族全員が猛烈に反対したそうです。「どうして、選りに選って、障害者ばかりなのだ」。奥さんの側でも、「うちの財産を狙っているのではないか」と反対されたそうです。そのすべての反対を押し切って、須山さんは、結婚したのです。
 理由はただ一つ、「心がきれいだから」。須山さんは、「生まれつき障害のある人は、自らの欲望を抑えることを初めから心得ています。だから、不平不満を言わない。自分に与えられた境遇の中で精一杯生きようとするから、実に心が美しいのです」と私に教えてくれました。私達は、五体満足だから、逆に、不平不満を言い、人をねたみ、苦しんでいるのです。生まれつき、走ってみたいと思っても、走ることさえできない身だから、走りたいといった欲望を持たないのです。限りない欲望を求めて苦しむ我が身を振り返って、私は、大いに反省させられました。
 須山さんの奥さんは、一人では歩けない身なのに、実に働き者です。車椅子に乗って、掃除をする。それも、隅から隅まで徹底した丁寧な掃除。洗濯もされるし、洗濯物を干すのも一人でやられる。普通の主婦ができることは、ほとんどすべてやられます。今回、奥様が丹精込めて手作りしてくださった大根の漬物がどれほど美味しかったことか。
 あまりにも、無理な姿勢でがんばり過ぎて、最近、骨が縮んで、曲がってきてると聞きました。ご主人の須山さん自身が、「頭が上がりません」と言うほど、奥さんは働き者なのです。お寺の奥さんのことを、“寺庭婦人”と呼ぶそうです。“寺庭婦人”は、普通の主婦以上に仕事が多いのです。しかし、奥さんは何一つ文句も言わず、ひたすら働いておられます。それに比べて、五体満足な私達に、不足を言う人が、何と多いことでしょう。また、五体満足にもかかわらず、何もしないで、ぶらぶらしている人の、どれほど多いことでしょうか。
 「妻の名前は、貴婦人の、貴と婦を逆にして、婦貴子と言います。本当に、その名にふさわしい生き方をしています。結婚する時に、あれほど反対した家族達が、妻の魅力に引き寄せられて、最近は、いつも私の所に集まってきます。また、妻の母も、死ぬ時は娘の所で死にたいと、我が家に来ました」。そんな風に語る須山さんもまた、魅力的に見えました。素晴らしい人と、同じ『夢甲斐塾』で学べることを、ともに喜び合いたいと思います。
 そして、きっと塾生諸君の一人一人に、須山さんと同じような志があり、思いがあることでしょう。『夢甲斐塾』では、そのような一人一人の生き様を大切にして、お互いに知り合い、分かち合い、励まし合い、喜び合う雰囲気を育てていきたいものであります。
 さて、私の計画している〈日本、この手で何とかする〉と題した『箱根会議』の開催要領は、本日同封したデイリーメッセージの巻末に案内しています。会場はまだ最終決定していませんが、箱根町の芦ノ湖畔か仙石原になる予定です。巻末の申込書で申し込んでいただきますと、改めて、正式なご案内を差し上げます。
 どうぞ、ご家族、ご友人、知人ともども、箱根に馳せ参じてください。心からお待ちしています。

                                       『21世紀夢甲斐塾』
                                          塾長   上甲 晃

『住職一代記』

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『住職一代記』   平成20年11月22日 6338号

 臨済宗秀森山・清水寺。山梨県甲州市にある小さなお寺だ。周りはぶどう畑。正面には、御坂峠越しに、白い雪をかぶった富士山の頭が見える。この清水寺の住職である須山邦昭さんは、『夢甲斐塾』の今年度の塾生である。年齢は七十五歳。塾生としては、最高齢者である。
 『夢甲斐塾』の合宿例会を、清水寺で開くことになったのは、私が強く要請したからだ。須山さんは、「こんなちっぽけな寺にお来しいただいて、寝ることもできませんよ」と固辞した。しかし、最寄りの宿泊施設が使えなくなったため、どうしても清水寺さんのお世話にならざるを得なくなった。
 例会開始は、午後八時。それまでの間、私は、塾生であり、住職でもある須山さんと雑談をした。それは、波乱の一代記。私は、話にのめり込んだ。と同時に、ここにも一つの立派な志が脈打っていることに、大いに感動した。須山さんの話の内容は、次のようなものであった。
 「私が、本山の命により、この寺の住職になった当時は、境内に背丈ほどの雑草が生い茂り、本堂は崩れ落ちそうでした。庫裏も、バケツがいくつあっても足りないぐらい、雨漏りする状態でした。私は、もう一つのお寺の住職でありましたから、週に一度、足を運ぶ程度でした。ところが、こんなボロ寺にも、賽銭泥棒がいたのです。朽ち果てた寺の賽銭箱が荒らされるのは、賽銭が入っている証拠です。それに驚きました。また、私が来るたびに、誰かがお参りしている姿を見ました。
 一番心を動かされたのは、朽ちた本堂の前に、長芋が二本白い紙に包まれ、さらに水引まできちんと掛けて供えられていたことです。江戸時代に開山した住職は、長芋が好きだったと伝えられていたのを知っていた人が、お供えしたのです。私はそれに感動して、地域の人達に、これほど頼りにされているのだから、寺を復興させようと心に決めました」。
 それが、須山さんの原点である。当時、NTTに勤務していた須山さんは、退職金をつぎ込むとともに、さらに借金もして、庫裏を建て替えた。さらに、地元の信用金庫と住宅金融公庫からローンを借りて、本堂も建てた。その間、塾の先生もして、生活をしのいだ。途中、地元の人達に担がれて、三期、市会議員も務めた。
 再建当時、檀家は五軒しかなかった。今は、三十七軒に増えた。墓地の分譲もしたけれど、まだたくさん売れ残っている。さらに追い打ちを掛けて、新築した本堂を昨年、焼失した。築後9年。それでも、須山さんはめげない。また、気を取り直して、本堂の建築に取りかかった。住職は、地域の人達の“心のより所”になりたい一心で、今もがんばっている。

第4回11月合宿例会

■第4回11月合宿例会(レポート早川 慎也、野中 浩二)

□日時 2008年11月21日(金)~22日(土)
□会場 秀森山清水寺 甲州市塩山上井尻542
□目的: ①ふるさとの歴史、文化、伝統を学び、郷土愛を育む。
      ②上甲塾長の講話を聞き志を高める。
      ③寝食を共にする合宿例会を通じて塾生の親睦をはかる。
□内容:21日(金)は青春の居酒屋「食うじゃん甲斐」と題して、時間を気にせず郷土料理 ・地酒を堪能しながら「山梨を元気に」をテーマに語り明かす。
上甲塾長 も22時まで加わっていただきます。また各人がお持ちになった食料のPRタイムも 予定しています。 22日(土)は早朝例会を開催します。上甲塾長の講話を聞いて志を高めましょう。
□費用:当日受付にて集めさせていただきます。 
  <内訳>宿泊料金 3000円(素泊まり)
      夕食料金1500円(基本食材+リユース食器料他)
      朝食料金 500円(おにぎり+飲み物など)
  根津記念館入館料 300円
  県立博物館入館料1000円

①内容報告
21日(金)は20時から青春の居酒屋『食うじゃん甲斐』と題して、各自持ち寄った郷土料理、地酒を堪能し、語り明かした。
また、それぞれが持ち寄った食材のPRタイムを設け、投票結果に基づき表彰した。
グランプリは須山さんの奥さん手作りの漬け物。
22日(土)は6時10分から早朝例会を開催した。
塾長の提案により秀森山清水寺住職の須山さんより『ご自身の半生と秀森山清水寺の歴史について』の講和をいただき、塾長より『人柄を磨くために背中を磨く』と題して講和をいただいた。
朝食後、全員で会場としてお世話になった秀森山清水寺の掃除をし、解散となった。
なお、希望者はその後、龍石山永昌院、根津記念館、山梨県立博物館を見学した。

②感想
2日間初めて司会進行役を行ったが、参加者のひとりひとりから学びや気づきがあり、とても勉強になった2日間であった。感謝

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担当のチームHUG佐野吉彦リーダーの挨拶。司会は野中浩二・早川慎也が担当。

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早朝例会開始前に朝日にきらめく富士山を望んで記念撮影。

テーマ : 山梨県
ジャンル : 地域情報

8期夢甲斐塾地域おこし事業ステージPR部会活動報告

■地域おこし事業(レポート和田幸士)
□日時:2008年11月16日(日)
□場所:小瀬スポーツ公園 本部ステージ
□備考:第23回県民の日記念事業
□メンバー:和田幸士・鈴木陽介・田端成治・伊藤洋太・須山邦昭・早川慎也・
野中浩二・千野涼子・望月亜矢子
★事業報告(和田幸士)

①テーマ。
本部ステージにおいて、15分の持ち時間で、夢甲斐塾の内容や、活動目的を、参加している一般の観客の方々に知って頂く。

②出演者。
校長・堀内美希。山崎方代・和田幸士。ポールラッシュ博士・野中浩二。小笠原長清公・田端成治。樋口一葉・千野涼子。武田信玄公・伊藤洋太。賞品プレゼンター・望月亜矢子。

③あらすじ。
(ある寺子屋でのシーンと設定)笑点のテーマミュージックと共に入場、校長が今日の授業について話をする。各出演者が、1人ずつ観客に質問をだす。正解者にプレゼンターが賞品を渡す。最後に全員で夢甲斐塾の説明をする。退場

④舞台裏。
昨年と違う趣向で行こうというから始まりました。何回かの打ち合わせ後、寺子屋、笑点風(?)で、山梨の有名人に扮し、その人物に関わる質問を、観客に出し会場を盛り上げそこで、夢甲斐塾の話に持って行くという粗筋ができ、配役を決定しました。そこで、出演者に一つのお願いをしました。配役の衣装、質問の台詞、動作は各出演者に任せる。という事です。残る時間も少なく、各人が仕事の都合で出演者全員集まる稽古ができる回数があまり無いだろう、という観点と、各個人の個性を十分発揮して貰いたい、との考えからでした。ある意味事業部制みたいな物だと思います。
練習も十分とは言えないまま本番を向かえました。用意したBGMもあまりうまくいかず、チョッと心配したのですが、もうスタートしました。最初の心配もよそに、各出演者、練習の時以上の演技をしてくれました。観客は少なかったのですが、盛り上がってくれました。嬉しかったですね!

⑤感想。
本当に、演劇をしていた様な堂々とした出演者の皆さんの演技には、驚きました。同じ舞台にいる私も楽しんで見てさせて貰いました。皆さんの努力に感謝しています。今回は創作劇として、シナリオ創り、演出、白昼の舞台での演技等と、新しい経験が出来たと思います。又、短期で劇を作る中でお互いの相互理解や、郷土の理解も深まったと思います。それらの事を通して、この部会活動で特に感じるのは、夢甲斐塾で掲げる自修自得を実感した事ではないかと思います。今回の為に、クイズの商品、練習場所の提供、演技指導等について色んな方々や、当日参加できかったメンバーにも力を貸して頂きました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。また、この機会を与えてくれた事に感謝いたします。

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テーマ : ▲山梨県▲
ジャンル : 地域情報

地域おこし交流広場出展 ちらし作成部会

■地域おこし交流広場出展 ちらし作成部会(レポート;桑原浩二)
□日時 2008年11月15日(土)~16日(日)9:00~16:00
□会場 小瀬スポーツ公園
RPちらし配布部メンバー
部会長 窪田あつこ 副部会長 桑原浩二 副部会長 国中宣子 
中川徳子 井上祐宏 宮崎みどり 上条信
★ 事業報告(桑原 浩二)

①内容報告
小瀬スポーツ公園で行われる地域おこしのイベント告知のためのPR広告の作成と配布
A3カラー両面4つ折チラシの作成および事前配布。印刷部数5000枚

②感想
開催は11月15日ではあるがチラシの事前配布が必要なため前倒しでスケジュールを組み動いていたがほか部会などとの連携がうまくいかず作成スケジュールに一部変更が出た。
チラシは7期生のチラシを参考に8期の項目を盛り込んで制作が行われたA3カラー両面4つ折チラシで合ったためボリューム満点作業量満点(笑)
チラシは夢甲斐メンバーにそれぞれ30部ほど渡し配布のお願い。
また、甲府駅前で手渡しで配布。
なかなかチラシを受け取ってもらえず世間の冷たさを垣間見る。
ティッシュなどを街頭で配っている人の大変さを痛感する。これからは必ずティッシュは貰おうね。
と、ちらし配布部会内では話が出た。
11月15日・16日の当日も会場でチラシを配る。
印刷部数5000枚ほぼ配布終了。

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チラシ表

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チラシ裏

テーマ : 山梨県
ジャンル : 地域情報

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Author:夢甲斐塾
夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

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