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『夢甲斐塾』諸君への手紙(10月)

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年10月号」より

『夢甲斐塾』諸君への手紙   平成20年10月22日 6307号

 お元気ですか。私は先週五日間、北海道に出掛けていました。北海道は、今、秋の真っ最中。例年になく暖かい秋のため、紅葉の色付きがあまり良くない、地元の人達は教えてくれました。オホーツク海で、本マグロが取れたことも、ビッグニュース。地元の漁師さんもびっくりしていました。山梨の紅葉は、まだこれからでしょうか。
 北海道では、随分、多くの学びがありました。中でも、財政破綻した夕張市での研修は、今年が二回目になりますが、色々と考えさせられました。夕張は、“私達とは関係ない出来事”ではなく、まさに、日本の将来の姿を見るような気がします。本当は、夕張のことを高みの見物できるほど、私達の住む地域も安閑とはしておれないはずです。明日にも、私達の住む地域もまた、“財政破綻”する危険性があります。
 そんな中で、一つの大きな学びもありました。私は、財政破綻した夕張市で、どうして、全国にその名を轟かせるような夕張キングメロンが生まれてきたのか、不思議でした。その秘密を探りたいと思っていました。今回、理由が、よく分かりました。
 夕張は、炭鉱町として栄えてきました。石炭全盛の時代、夕張の町は大いに賑わっていました。人口も、今の十倍近くもいました。当時、夕張の人達の目は、すべて石炭に向いていました。裏返すと、農業は、まったく、蚊帳の外だったのです。ある時、市長が、「ところで、今の農協の組合長は誰だった?」と聞いたことを、未だ農業関係者は覚えています。それほど、農業は、“冷や飯を食わされる”状態だったのです。
 ところが、人間社会、“冷や飯食いの状態”が、かえって幸いしました。農業者は、行政が面倒を見てくれないのなら、自分たちで何とかしようと腹を決め、立ち上がりました。結果的には、その努力が、夕張キングメロンを生み出すことになりました。メロン農業組合の元組合長だった人は、「冷や飯が、雑草の強さを育ててくれた」と言いました。
 実に、私は、“わが意を得たり”と思いました。「志さえあれば、冷や飯もまた、人には大きなプラスをもたらしてくれる」のです。
 私達の人生には、“冷や飯”を食べなければならないような事態がいくらでもあります。多くの人達は、“冷や飯”を食べなければならないと、「どうしてこんな目に遭わなければならないのだ」と、くさり、やけくそになり、人を批判して、結局ますます落ちていきます。しかし、“冷や飯”も、チャンスなのです。何のチャンスか、「雑草の強さを養うチャンス」と受け止めるのです。そうすれば、“冷や飯”が、“温飯”に変わるのです。
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夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

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