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『住職一代記』

※志ネットワーク発行 「デイリーメッセージ平成20年11月号」より

『住職一代記』   平成20年11月22日 6338号

 臨済宗秀森山・清水寺。山梨県甲州市にある小さなお寺だ。周りはぶどう畑。正面には、御坂峠越しに、白い雪をかぶった富士山の頭が見える。この清水寺の住職である須山邦昭さんは、『夢甲斐塾』の今年度の塾生である。年齢は七十五歳。塾生としては、最高齢者である。
 『夢甲斐塾』の合宿例会を、清水寺で開くことになったのは、私が強く要請したからだ。須山さんは、「こんなちっぽけな寺にお来しいただいて、寝ることもできませんよ」と固辞した。しかし、最寄りの宿泊施設が使えなくなったため、どうしても清水寺さんのお世話にならざるを得なくなった。
 例会開始は、午後八時。それまでの間、私は、塾生であり、住職でもある須山さんと雑談をした。それは、波乱の一代記。私は、話にのめり込んだ。と同時に、ここにも一つの立派な志が脈打っていることに、大いに感動した。須山さんの話の内容は、次のようなものであった。
 「私が、本山の命により、この寺の住職になった当時は、境内に背丈ほどの雑草が生い茂り、本堂は崩れ落ちそうでした。庫裏も、バケツがいくつあっても足りないぐらい、雨漏りする状態でした。私は、もう一つのお寺の住職でありましたから、週に一度、足を運ぶ程度でした。ところが、こんなボロ寺にも、賽銭泥棒がいたのです。朽ち果てた寺の賽銭箱が荒らされるのは、賽銭が入っている証拠です。それに驚きました。また、私が来るたびに、誰かがお参りしている姿を見ました。
 一番心を動かされたのは、朽ちた本堂の前に、長芋が二本白い紙に包まれ、さらに水引まできちんと掛けて供えられていたことです。江戸時代に開山した住職は、長芋が好きだったと伝えられていたのを知っていた人が、お供えしたのです。私はそれに感動して、地域の人達に、これほど頼りにされているのだから、寺を復興させようと心に決めました」。
 それが、須山さんの原点である。当時、NTTに勤務していた須山さんは、退職金をつぎ込むとともに、さらに借金もして、庫裏を建て替えた。さらに、地元の信用金庫と住宅金融公庫からローンを借りて、本堂も建てた。その間、塾の先生もして、生活をしのいだ。途中、地元の人達に担がれて、三期、市会議員も務めた。
 再建当時、檀家は五軒しかなかった。今は、三十七軒に増えた。墓地の分譲もしたけれど、まだたくさん売れ残っている。さらに追い打ちを掛けて、新築した本堂を昨年、焼失した。築後9年。それでも、須山さんはめげない。また、気を取り直して、本堂の建築に取りかかった。住職は、地域の人達の“心のより所”になりたい一心で、今もがんばっている。
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夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

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