スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歴史文化委員会 金峰山信仰を学ぶ

昇仙峡周辺の金桜神社、夫婦木神社、八雲神社(ロープウェイ頂上)などを巡り、
昇仙峡を開拓した偉人「長田円右衛門」の事を学んできました。



a

まずは、食チームと合同で金桜神社へ
金峰山信仰の里宮『金櫻神社』は、医者と薬の神様・日本武尊も訪れたという桜の美しい神社。
特に本殿脇の「鬱金(ウコン)の桜」は、黄金色の花を咲かせる金の成る木として知られ、
桜を拝み水晶の守りを受けると一生涯金運に恵まれるとして全国各地からの参拝者で賑わっています。


a

昼食でほうとうを堪能し、ロープウェイで山頂へ
そこからの富士山はすばらしかったです。

a

昇仙峡羅漢寺山の頂上にある八雲神社

「八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を」
八雲神社は出雲のスサノオノミコトを祭神としています。



a

夫婦木神社下社
実は、夫婦木神社上社という神社がありまして、
金桜神社の後に訪れました。
そこのおばあさんはすごいパワーの持ち主で、
神様とおばあさんにパワーを頂いてきました。


a

今年の歴史文化委員会の目的は、
「山梨の偉人発見!」です。
今回は、昇仙峡の開拓者「長田円右衛門」の碑まで昇仙峡を探索しました。

以下、説明(他のHPより抜粋しました。)

今でこそ観光地として多くの人々が訪れる昇仙峡だが、
かつてこの辺りの道は非常に険しい山道のみで、
昇仙峡一帯の村落の人々は薪炭を背負い1日がかりで甲府城下との道を往復したという。

その昇仙峡に9年もの歳月をかけ新道を拓いたのが長田円右衛門である。

彼は一介のお百姓であったにもかかわらず、
工事のために周辺の村の名主を説得し人足を出してもらったり、
天保の大飢饉などで工事中断の危機が訪れた際は
30もの村々に呼びかけ寄付金を募ったりと、この工事に尽力した。

また新道開通後は接待亭を作り湯茶を出したり、わらじを売って通行人の便宜を図った。

現在円右衛門の碑が立っているのはかつて接待亭があったあたりで、
今では屋根付きの小さな休憩所がある。

碑の傍らには「円右衛門碑案内」というボードが立てられていて、
碑に刻まれた漢文の訳が日本語で記されているのだがこれを読んで少し驚いた。

「手足にヒビ、アカギレを切らしながら山を切り谷を割るなど
苦難の末始めて道を開いた顔は醜く鬼のようであるが心は菩薩のようである」


これは林鶴梁という人物が円右衛門を賛したものだそうだ。
誉めているのかけなしているのか分からない様な賛辞である。
しかしよくよくボードを読むと、碑は円右衛門の生前に建てられたものだということが書かれており、
こんな賛辞を後世までまで残る碑に刻んだ当時の人々や、
それを受け入れた円右衛門には結構遊び心があったのではないかと思う。


a

冬の昇仙峡もかっこよかったですよ!
山梨のいいとこ、また見つけました!
スポンサーサイト
プロフィール

夢甲斐塾

Author:夢甲斐塾
夢甲斐塾は上甲晃塾長の教え『自修自得』の心で実践と凡事徹底を基本的な理念としております。

カテゴリ
最新記事
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
4499位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
未設定
--位
アクセスランキングを見る>>
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。